東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)238号 判決
【主文】
特許庁が同庁昭和五二年審判第二三八〇号事件について昭和五六年八月五日にした審決を取消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
【事実】
第二 請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
被告は、第八三七六〇〇号特許(発明の名称を「車輛運搬車における車輛積載方法及び装置」とし、昭和四六年八月二八日に特許出願され、昭和五〇年一一月七日に特公昭五〇―三四二九五号として出願公告され、昭和五一年一二月一五日に設定登録されたもの。以下、この発明を「本件発明」といい、この特許を「本件特許」という。)の特許権者であるが、原告らは、昭和五二年三月七日、被告を被請求人として、本件特許を無効にすることについて審判を請求し、特許庁昭和五二年審判第二三八〇号事件として審理されたが、昭和五六年八月五日右審判の請求は成り立たない旨の審決があり、その謄本は昭和五六年八月二六日原告らに送達された。
二 本件発明の要旨
1 上段に積載すべき車輛を上段床に搭載して上段床全体を上方に懸揚した後、下段に積載すべき車輛を下段床上に搭載し、次いで上段床の走行路の一部を形成している扇動板を夫々側方に転回せしめて上段床の一部を開口状態とし、該開口部内に下段の搭載車輛の凸部を嵌入せしめ、上段床を可及的下方にまで下降せしめることによつて荷積の際の地上高を最小限とすることを特徴とする車輛運搬車における車輛積載方法。
2 多段積車輛運搬車において下段に搭載した車輛の突出部を嵌入せしめるため、上段床の一部に開口部を設け、該開口部には上段車輛の走行の際に上段床走路の一部を構成し、且つ下段車輛凸部嵌入の際には両側方に夫々扇回せしめて全開状態とするための扇動板を橋架することにより、上段床を可及的下方にまで下降して地上高を最小限とし得るように設けたことを特徴とする車輛運搬車における車輛積載装置。
(1、2につき別紙図面参照)
三 本件審決の理由の要点
本件発明の要旨は、前項記載のとおりである。
請求人らは、下記の各刊行物を引用し、本件発明は、これら各刊行物に開示されている技術を寄せ集めたものにすぎず、その作用効果も容易に推考し得る程度のものであるから、特許法第二九条第二項に該当し、同法第一二三条第一項によりその特許を無効にすべきものであると主張する。
特許出願公告昭四五―三六三六九号公報
実用新案出願公告昭四一―一一二八六号公報
米国特許第二六一〇八九一号明細書
米国特許第二六六八七三四号明細書
米国特許第二六三六七七二号明細書
米国特許第二八三四六三一号明細書
米国特許第二〇〇九一四九号明細書
米国特許第二〇八五二一四号明細書
米国特許第一九九四六九五号明細書
特許出願公告昭四五―三四九六六号公報
同 昭四六―一五五二四号公報
同 昭四一―三九六四号公報
しかし、右の各刊行物には、本件発明の要旨とする構成は開示されておらず、一部に共通するかのごとき構成要件があるとしても、それらが本件発明の構成要件のすべてでない以上、それらを組合わせることによつて本件発明が容易になし得たものとすることはできず、請求人らの主張は採用できない。
請求人らは、さらに、横浜地方裁判所が同裁判所昭和五三年(ワ)第五四四号事件に関連して昭和五五年四月一一日に愛知県額田郡幸田町宮ノ根一六番地に保管中の夏目運輸有限会社所有の車輛運搬車(以下「検証物件」という。)に対して行つた検証の調書(写)を提出し、この検証物件は本件発明の特許出願の日以前に、請求人の一人である浜名自動車工業株式会社が架装し、昭和四六年四月二日に夏目運輸有限会社に納入したものであり、検証調書には本件発明の構成要件が記載されているから、本件発明の要旨と同一の構成を具備した車輛がその特許出願前に公知公用であつたことが明らかであると主張する。
しかしながら、検証物件の検証当時の状況を調書によつて知ることはできても、検証物件が本件発明の特許出願前において調書に記載されたとおりの要部構造を有していたかどうかを、この調書のみによつて確認することはできない。
なお、右調書の第二頁上段に前記訴訟事件の被告が指示説明した事項として、「本件検証物件……浜名自動車工業株式会社が車輛運搬用として架装し、昭和四六年四月二日夏目運輸有限会社に納入したもので、……」と記載されているが、この「説明」は、そのような事実についての証言をなし得る人物が行つたものとは認められず、もちろん説明者が証人として宣誓した上で供述したものでもないから、この「説明」をそのまま証言とみなして本件における事実認定の資料とすることはできない。
そして右検証調書以外に、本件発明の特許出願前における検証物件の構造を知り得る証拠は提出されていないのであるから、本件発明がその特許出願前に国内において公然実施された発明であると認めることはできない。
以上のとおりであるから、本件特許は請求人らの主張するいずれの理由によつても無効にすることはできない。
四 本件審決の取消事由
1 審決の結論に影響を及ぼすと認められる証拠が存在することの蓋然性が高いことが、審判手続中に判明した場合には、審判官はその証拠を取り調べる義務を負うものと解すべきところ、本件審決の審判手続において請求人らが提出した横浜地方裁判所昭和五三年(ワ)第五四四号事件の検証調書(写)には、本件発明の構成要件を充たす検証物件が示されており、且つ、審決が指摘するような当事者の指示説明が記載されているのであるから、審判官は、もし検証調書に記載されていることについて、審決が指摘するような疑問を抱いたならば、その疑問点につき、原告らに対し、更なる立証を促すとか、あるいは職権で証拠調をするなどしてその点を確かめるべきものであつた。
しかるに、審判官は、原告らに立証を促すこともなく職権で証拠調をするでもなく、漫然と原告らの主張を証拠なしとして排斥してしまったのであり、審決にはその点で審理不尽の違法がある。
2 本件特許の第二番目の発明と構成要件を同じくする車輛運搬車は、本件特許出類前から原告浜名自動車工業株式会社ほか数社によつて各地のユーザーに架装納入され使用されていたもので、本件発明は、その特許出願前に日本国内において公然実施されたものである。
前記検証物件は、これら公然実施をされていた車輛の一つで、原告浜名自動車工業株式会社が、日野自動車工業株式会社製造の車台に車輛運搬用の装置を架装して、昭和四六年四月二日に夏目運輸有限会社(愛知県額田郡幸田町所在)に納入したものである。
すなわち、この車輛は、上段床の走行路の一部に旋回板を設けたもので、これが本件発明の明細書の特許請求の範囲でいう「上段床の走行路の一部を形成している扇動板」に当り、下段床にトラックを搭載した後にこの旋回板を回動直立させて開口部を設け、上段床を降下せしめると、下段に搭載したトラックの運転席部分が該開口部から上段床上に突出することとなり、搭載時の運搬車の全体の高さを低くして効率良く車輛運搬ができる、という本件発明と同一の効果が生じるものである。
審決が本件発明がその特許出願前に日本国内において公然実施された発明であることを否定したのは、事実を誤認したものである。
なお、検証物件のような特殊車の架装、改造については所轄陸運事務所の許可を必要とするが、その許可申請書の写しは原告浜名自動車工業株式会社にもなく、申請書自体も陸運事務所で廃棄してしまつたので存在しなかつた。
第三 被告の陳述
一 請求の原因一ないし三の事実は、いずれも認める。
二 同四の主張は争う。審決に原告主張のような違法の点はない。
1 本件発明の対象となるこの種の特殊車(車輛運搬車)は、その製造の各場合及び改造の各場合について必ず車検登録を受けなければ運行の用に供し得ないものである。そして車検登録の際の陸運事務所による検査は図面に基づいて一台ずつ個別的になされるもので、その規格及び強度が検査され、それに合格したものに自動車検査証が交付されるのである。
したがつて、横浜地方裁判所の検証の対象となつた車輛運搬車についても、製造納入時(昭和四六年四月)とその後の改造時(数年後)の各場合について車検登録申請は必ずなされていなければならないものである。そうであれば、右車検登録申請の際に使用した図面は、原告浜名自動車工業株式会社に保管されているはずであり、この保存図面が提出されるならば車検登録時の構造(特に争点である扇動板の存在)が直ちに判明するものである。原告らが右図面の提出をなし得ずして、右検証の対象となつた車輛運搬車によつて本件発明がその特許出願前に日本国内において公然実施をされたものであると主張するのは、その根拠にとぼしい。
2 横浜地方裁判所の検証調書は、その検証の時の検証物件の構造を示しているものにすぎず、その車輛運搬車が夏目運輸有限会社に納入された時(昭和四六年四月)の構造を示すものではない。
本件発明の特許出願前に、上段床の走行路の一部に旋回板を設けた車輛運搬車が、原告ら主張のように、ユーザーに納入され、使用された事実を証する証拠は存しない。
【理由】
一請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。
二そこで、審決にこれを取消すべき違法の事由があるかどうかについて判断する。
<証拠>を総合すると、横浜地方裁判所が同裁判所昭和五三年(ワ)第五四四号事件で検証した検証物件は、訴外日野自動車株式会社が製造した車台に、原告浜名自動車工業株式会社が車輛運搬用として架装し、昭和四六年四月頃訴外夏目運輸有限会社に引渡したものであるところ、夏目運輸有限会社はこれを昭和四九年一〇月頃改造し昭和五一年一〇月頃廃車としたものであるが、浜名自動車工業株式会社が架装し、夏目運輸有限会社に引渡した昭和四六年四月頃の検証物件は本件第二番目の発明の構成要件を全て充足するものであつたこと、夏目運輸有限会社は右検証物件を昭和四九年一〇月頃改造するまで、そのままの状態で運行したものであることが認められ、被告会社代表者本人尋問の結果中右認定に反するかのような部分は、当裁判所これを措信せず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
右事実によれば、本件発明はその特許出願前において日本国内において公然実施をされたものというべきであるところ、これを否定した審決は事実の認定を誤つたものというべきである。
被告は、検証物件のような特殊車は、その架装及び改造の各場合について所轄陸運事務所の車検登録を受けなければならないところ、原告浜名自動車工業株式会社にはその登録申請に添附した図面も保管されていないのであるから、同社が昭和四六年四月頃検証物件を架装したという事実を認めることはできないとの趣旨を主張する。
検証物件のような特殊車は、架装、改造について所轄陸運事務所の許可を受けなければならないことは原告らの認めるところであるが、その申請書ないしそれに添附した図面の写しがないという一事をもつて架装、改造が行われなかつたものと断定することはできず、前挙示の証拠によれば、それが行われたことを認め得るに充分である。
右のとおりであつて、審決は事実の認定を誤つた違法なものというべきであるから、原告ら主張のその余の事実について判断するまでもなく、その取消を免れないものである。
(高林克巳 杉山伸顕 八田秀夫)